こんなところに効く 高気圧酸素治療(動脈に気体が入ったら・・・ ~パーティ用ヘリウム缶の事故~)
2015/8/15
高気圧酸素治療という治療法がありますが、あまり聞き慣れない方もいると思います。
高気圧酸素治療装置(下図)により圧力を2倍以上に高めた環境で、100%に近い酸素をマスクで吸入していただくことにより、たくさんの酸素を体に送り込むことができる治療法です。
さらに、環境の圧力を高くすることにより、体の中にある気体は小さくなるという効果もあるため、気体が体の中に入ってしまって障害が起きている場合もこの治療が威力を発揮します。

高気圧酸素治療装置

装置内部
治療の様子
今年の1月にアイドルの女の子が、テレビ番組の収録中にヘリウムガス入りスプレー缶からガスを吸入した直後に卒倒し、けいれんを起こして病院へ救急搬送されたという事故がありましたが、発症当初の状況が Injury Alert(傷害速報)として日本小児科学会から報告がされています(1)。
このヘリウムガスは、風船用の純ヘリウムガスではなくて、“ドナルドダックボイス”になるように酸素が20%含まれている混合ガスであり、娯楽用に市販されているものでした。
ヘリウムガスで意識がなくなるという事故については、風船用のヘリウムガスで起きることは以前から知られていますが、それは純ヘリウムガスを吸入することにより脳が酸素欠乏(酸欠)となって起こるものでした。ですから、“ドナルドダックボイス”を楽しむためのヘリウム缶には、必ず酸素が空気と同じくらいの割合で入っているのです。酸素が適切に入っているヘリウムガスは安全とされ、充填圧が1MPa(約10気圧)以下であれば規制を受けずにだれでも購入できるものとなっています。
なぜ、事故が起きたのでしょうか。
速報には「スプレー缶を右手に持ち、左手で鼻をつまみ、司会者の合図で口にくわえて吸引した。4秒ほどして缶を口から離した直後から右手を震わせ始め、約5秒後に後方へ卒倒した。受け身は取れずに後頭部を強打し、全身性強直性間代性けいれんを起こした」と記載されています。酸欠以外にも、吸入したガスにより即時に意識がなくなり、けいれんまで起こす病態があります。
潜水によって起きる障害について臨床経験のある専門医であれば、ダイバーが浮上した直後に起きる意識障害と酷似していることに気がつくと思います。脳動脈ガス塞栓症(空気塞栓症とも言いますが吸った気体がヘリウムガスなので空気という言葉は使いません)です。息を吐かずに浮上すると、肺内のガスが膨張して肺が異常に膨れ、ガスが肺内の毛細血管に入り込み、そのまま心臓と大動脈を介して脳に到達して脳血管にガスが詰まり、意識がなくなったり、場合によってはけいれんを引き起こします。ダイバーが水面に戻った直後に、意識障害があればまず空気塞栓症を疑えとも言われます。
この症例において、ヘリウムガス入りスプレー缶からのガス吸入により、肺が異常に膨れて動脈ガス塞栓症を引き起こす可能性は十分にあると思います。事故にあった女の子の肺は、その体格から3Lに充たないと推定されますが、スプレー缶にはヘリウムガスが5L充填されていますので、ノズルを口にくわえて長くボタンが押されると、自分が吸って一番大きくできる肺以上にガスが送られて肺が限度を超えて膨れてしまい、ヘリウムガスが血管に入ってしまったと考えられます。
【引用文献】 1) | 日本小児科学会こどもの生活環境改善委員会:Injury Alert(傷害速報). ヘリウムガス入りスプレー缶の吸引による意識障害. 日本小児科学会雑誌2015:119(5):934-936. |
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救命救急科・高気圧酸素治療室 鈴木 信哉